Profile
フィッシュマンズ!
ヴォーカリスト 佐藤伸治が1999年に惜しくも亡くなり、その後21世紀に入ってなお多くのミュージシャン、クリエイター、新世代リスナーからの熱い愛を集め続けている孤高のバンド。
1990年代に生み出された10枚のアルバムと幾多の名曲達。フィッシュマンズのハイブリッドでどこか切ない音楽が鳴り響いた。レゲエ/ダブ/ロックステディを基調に、ロック、ファンク、ヒップホップ......の要素を溶け込ませた、ハイブリッドなサウンド。そのサウンドの上でヴォーカリスト/ソングライター、佐藤伸治は、ごく自然で、明け透けで、人生の核心をついた世界を描きだした。

Members
佐藤伸治Shinji Sato(vocal)結成〜
茂木欣一Kin-ichi Motegi(drums)結成〜
柏原譲Yuzuru Kashiwabara(bass)'88〜'98在籍
ハカセHakase(Keyboard)'90〜'95在籍
小嶋謙介Kensuke Ojima(Guitar)結成〜'94在籍

Biography
1987
初夏結成。当初のメンバーは佐藤伸治 (Vocal/Bass)、小嶋謙介 (Guitar)、茂木欣一 (Drums)。最初にオリジナル曲として佐藤が持ってきたデモテープは、『Blue Summer』だったという。

1988
5月、都内ライヴハウスにて活動を開始。8月、柏原譲 (Bass) 加入。

1989
世はバンドブーム。初レコーディング作2曲をキャプテンレコード(当時、雑誌『宝島』が主催していたインディーレーベル)より発売のコンピレーション『PANIC PARADISE』に提供。

1990
3月、ハカセ (Key) 参加。4月、初のワンマンライヴ@渋谷ラママ。10月、レコード会社 ヴァージン・ジャパンと契約(後にメディア・レモラスに社名変更)。ハカセ、11月に正式加入。

1991
2月〜3月、元MUTE BEATの小玉和文プロデュースでオーストラリア・レコーディング。世は湾岸戦争で海外旅行は自粛ムードだった。小玉氏は「ロックステディのアルバムを作ろう」と、バンドの第一歩に間違いない方向性を与えてくれた。
3月、ワンマンライヴ@渋谷CLUB QUATTRO。
4月21日、デビュー・シングル『ひこうき』発売。
5月21日、デビューアルバム『Chappie, Don't Cry』発売。
6月のライヴで、ZAKが初めてPAで参加。
7月21日、セカンドシングル『いなごが飛んでる』発売。
11月7日、ミニ・アルバム『Corduroy's Mood』発売。セルフプロデュース。
「冬」の気分をまとめたの名曲集。

1992
1月〜3月、フジテレビ系ドラマ「90日間トテナムパブ」主題歌『100ミリちょっとの』オンエア。初のタイアップで発注に応えるべく四苦八苦しつつレコーディングした
ようだ。
2月5日、サードシングル『100ミリちょっとの』発売。
5月〜6月、窪田晴男プロデュースでレコーディング。ある日、酒を飲んだあと夜中に「スタジオに集まれ」と言われて録ったり、メンバー当惑の局面もあったらしい。
10月21日、セカンドアルバム『King Master George』発売。名曲と迷曲が満載の問題作。

1993
2月19日、シングル『Walkin'』発売。3月から、ZAKとのレコーディング。5月に2回目のセッション。
6月18日、先行シングル、永遠の名曲『いかれたBaby』リリース。
7月21日、アルバムとしては初のセルフ・プロデュースによる名作『Neo Yankee's Holiday』発売。フィッシュマンズの音楽作りのファウンデーションが今作で確立された。7月25日には渋谷パルコ横でフリーライヴ。心斎橋CLUB QUATTRO、日清パワーステーションでワンマンライヴ。
11月1日から年末まで東京近郊小規模ライヴハウスをまわる小ツアー。次作シングルからアルバム『Orange』までつながる、ロックな流れの始まり。

1994
2月2日マキシシングル『Go Go Round This World!』発売。『Neo Yankee〜』の世界感を更に推し進めた、ポジティブ・フィーリング溢れる名曲。
猛スピードで成熟していったこの時期、佐藤とバンドを作り上げてきたギター小嶋が5月に脱退。
6月17日、マキシシングル『Melody』発売。初めてアナログ12"もリリース。グルーヴィーなピアノリフとオルガンがリードするタイトル曲はライヴでの最重要曲のひとつに。
7月〜、ギターにシュガー吉永(Buffalo Daughter)を迎え、ロンドンレコーディング。10月21日、シングル『MY LIFE』、アルバム『Orange』同時発売。バンドグルーヴが加速し続けたこの一年間の集大成的な、ダイナミックレンジの広いアルバムとなった。年末は5都市ツアー。

1995
3月17日、初のライヴ・アルバム『Oh! Mountain』リリース。一部内容違いの10インチ2枚組アナログも。ZAKのミックスで、斬新な音像のライヴ・アルバムとなった。これにあわせて全11本の全国ツアー。
春、ポリドールへ移籍。8月には自身のスタジオ「ワイキキ・ビーチ」を構え、レコーディングをスタートさせる。
9月、移籍記念ライヴ「レッツ・ポリドール」。このライヴを最後に、HAKASEが脱退。レコーディングはギター木暮晋也(Hicksville)、キーボード HONZIらを迎えて、長期にわたって行われた。
11月25日、シングル『ナイト クルージング』リリース。あらゆる意味で静かな衝撃を与えたエポックメイキングなシングル。次作アルバムへの完璧なる序章。

1996
2月1日、アルバム『空中キャンプ』をリリース。絞り込まれた音で奏でられ、絞り込まれた言葉で歌われた美しいマスターピース。このアルバムで急激にサウンドが変化。それは何に起因していたのだろう?スタジオ環境、メンバーの減少、移籍、時代......。二枚組クリアビニールのアナログも発売した。
発売日から、全10本の「若いながらも歴史あり」ツアー。ファイナルは新宿LIQUID ROOM 2days。この時期から、サポート・ギターでダーツ関口(元 SUPER BAD)がコンスタントに参加。
3月27日、『BABY BLUE』をアルバムからシングル・カット。カップリングは『SUNNY BLUE(HICKSVILLE MIX)』。
オルタナティヴな側面を拡大しつつあったこの時期、一曲入り40分の長尺曲をレコーディングするプロジェクトを開始。まずはショートバージョン『SEASON』、ついで7月〜8月にかけ『LONG SEASON』をレコーディング。ポップの真裏へ突き抜ける大作セッションが行われ、プライベートスタジオ「ワイキキ・ビーチ」で完成。
9月25日、シングル『SEASON』リリース。
10月25日、1 TRACK ALBUM『LONG SEASON』リリース。35分超、4つのパートからなる大作に、極めてパーソナルなリリックの世界。誰も挑まない領域に挑んだ挑戦作。しかし、この作品を味わうのには何の予備知識も必要ない。これはただただ夢のような音楽体験なのだ。
完成後に出演したイベントライヴでは、持ち時間いっぱいを使って、この一曲のみを演奏。その後も、演奏するごとにアレンジが変化し、ライヴバンド、フィッシュマンズは観客の度肝を抜き続けた。
年末、神戸、名古屋、東京「LONG SEASON '96〜'97」ツアー。

1997
2月〜6月アルバムレコーディング@「ワイキキビーチ」。史上最長のレコーディング。日本ではかなり早い段階で、PRO TOOLSを導入し、ほぼ全てをこのプライベート・スタジオで完成させた。
7月2日、シングル『MAGIC LOVE』リリース。カップリングは当時親交を深めつつあったTOKYO No.1 SOUL SETの川辺浩志によるREMIX。
7月24日、アルバム『宇宙 日本 世田谷』リリース。移籍後の方向性を更に推し進めつつ、サウンドの振幅がより広がった最後のスタジオ・フル・アルバム。詞も、個人的な日常と、大きな視点とが組み合わされて世界観の広がりが感じられる。二枚組LPもリリース。
全12本の全国ツアー「宇宙 日本 奥田イズム」。ファイナルは日比谷野外音楽堂にて初ワンマンライヴ。
10月22日、『WALKING IN THE RHYTHM』をアルバムからシングルカット。アルバムとは全く異なるアレンジの4 versionを収録。
12月、「WALKING IN THE 奥田イズム」ツアー。大阪・名古屋・東京。

1998
プライベートスタジオ、ワイキキビーチを引き払い、録りためた膨大なライヴ音源の整理に年明けから着手。ポリドールのスタジオにて、ライヴアルバムを制作。5月まで。
3月、「低音バッシュ」ツアー4公演。
8月19日ライヴ・アルバム『8月の現状』リリース。CDとは内容の異なる2枚組LPもリリース。ライヴ音源を激しく解体、緻密に再構築したそれは、通常の枠組みに収まらない、ライヴの記録となった。
7月、再び長尺の新曲『ゆらめき IN THE AIR』制作に着手。
8月〜、全15本の全国「8月の現状」ツアー。ファイナルは10月10日、日比谷野外音楽堂。
12月2日、一曲入りのシングル『ゆらめき IN THE AIR』リリース。13分を越えるこの楽曲は音響面での注目を集めてきたここ数年を総括するかのように感じられる。が、この発売を受けて行われた「男達の別れツアー」5公演をもって、音楽的に重要なウェイトをしめていたベースの柏原が脱退。
12月27, 28日「男達の別れ」ツアーファイナルの赤坂BLITZ公演が、最後のライヴとなった。

1999
3月15日、佐藤伸治 永眠。
3月17日、ビデオ・クリップ集『THREE BIRDS & MORE FEELINGS』リリース。川村ケンスケ監督のPV集。同日、ベスト・アルバム『FISHMANS BEST 1991-1994 〜Singles&More』リリース。ポリドール移籍前のベスト。
6月30日、ベスト・アルバム『Aloha Polydor』リリース。ポリドール移籍後のベスト。
7月、ライヴイベント「フィッシュマンズ的組合」3公演。茂木を中心に、サポート勢などが参加。
9月29日、ライヴアルバム『98.12.28 男達の別れ』リリース。最後のライヴを完全収録した2枚組。

2000
10月25日、ライヴビデオ『記憶の増大』リリース。
11月、ビデオ+ライヴ・イベント「映像キャンプ2000〜記憶の増大〜」@新宿LIQUID ROOM。ビデオ・コンサート+映像にシンクロしたライヴ演奏のイベント。茂木渾身のドラムソロを演奏。

2001
4月、ビデオ+ライヴ・イベント「映像キャンプ2000〜記憶の増大〜」大阪・名古屋公演。

2005
4月、2枚組みのベスト・アルバム2タイトル『空中 ベスト・オブ・フィッシュマンズ』『宇宙 ベスト・オブ・フィッシュマンズ』をリリース。茂木欣一監修の下、レコード会社移籍をまたいだ全キャリアを網羅し、デモ、ライヴなど、レアトラックを多数収録。
8月、RISING SUN ROCK FESTIVAL '05にてライヴ。ファン、関係者に驚きと歓喜をもって迎えられた。茂木、柏原に加え、90年代のサポートミュージシャン勢、ヴォーカリストに忌野清志郎、UA、ハナレグミ、原田郁子をフューチャー。
11月、ONE COIN SINGLE CD「いかれたBaby / 感謝(驚) / Weather Report」さらにLIVE DVD「若いながらも歴史あり 96.3.2 @新宿LIQUID ROOm」をリリース。
同月、ライヴツアー、FISHMANS presents "THE LONG SEASON REVUE" 3公演を行う。メンバーは、茂木欣一 柏原譲 HONZI 関口”Darts”道生 木暮晋也 沖祐市 そして、ヴォーカリストには山崎まさよし UA ハナレグミ 原田郁子 (クラムボン) 蔡忠浩 (bonobos) pocopen(さかな) キセル POD(Moderndog)、パーカッションでASA-CHANGを迎える。東京公演ではスペシャルゲストで、こだま和文(Dub Station)が出演。東京、名古屋、大阪で3時間を超えるパフォーマンスを展開。新旧のファンに再び衝撃と感動を与えた。
12月、DVD「男達の別れ 98.12.28 @赤坂BLITZ」をリリース。

2006
3月、ライヴ&ドキュメンタリー映画"THE LONG SEASON REVUE"を公開。監督は川村ケンスケ。




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